大阪地方裁判所 昭和30年(行)68号 判決 1957年12月23日
原告 株式会社満寿屋
被告 生野税務署長・大阪国税局長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告生野税務署長に対し、同人が、昭和三〇年二月一日、原告に対して、原告の昭和二八年四月一日乃至同年九月三〇日事業年度の法人税所得金額決定の再調査請求につき、これを金三六四、七〇〇円と更正した決定及び、被告大阪国税局長に対し、同人が、昭和三〇年八月二三日、原告に対して、原告の右事業年度所得金額についての審査請求を棄却した決定のうち、各所得金額として損失金四八、三〇五円を超過する部分を取消す。訴訟費用は、被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
原告は、被告生野税務署長に対して、原告の昭和二八年四月一日乃至同年九月三〇日事業年度(以下本件事業年度という)の課税標準たる所得金額を、損失金四八、三〇五円である旨の確定申告をなしたが、同被告は、昭和二九年一二月二九日、原告の右所得金額を、利益金九一七、九〇〇円とする更正決定をなした。そこで原告は、同被告に対し、右更正決定に対する再調査の請求をした処、同被告は、右所得金額更正決定を一部取消し、所得金額を利益金三六四、七〇〇円と変更決定し、右通知は昭和三〇年二月一日原告に到達したので、原告はこれを不服とし、更に右決定につき被告大阪国税局長に対し、審査の請求をしたところ、同被告は、右請求を理由ないものとして棄却する旨の決定をし、その通知は同年八月二四日、原告に到達した。
しかしながら、被告生野税務署長の右再調査決定並びに、これを是認支持した被告大阪国税局長の右審査棄却決定は、いずれも下記の理由によつて違法なものである。即ち、原告は本件事業年度内である昭和二八年九月三〇日、被告生野税務署長に対して青色申告書提出の承認申請をなし、同被告はこれを受理したので、法人税課税の取扱面に於いて、原告は、事業開始(第一期)以来の青色申告法人たることを承認されていたのであるから、原告は、本件事業年度(第二期)の所得の計算に当り、前事業年度(第一期)において生じた損金を控除し得る(法人税法第九条第五項)ものであるところ、原告の計算によれば、原告は、本件事業年度に於て、金三三二、九四四円の利益を挙げているけれども、その前事業年度(第一期、昭和二七年一〇月一日乃至昭和二八年三月三一日)において、金三八一、二四九円の損失を蒙つているので、右差引計算をすれば、結局本件事業年度の所得は、金四八、三〇五円の損失となるものである。しかるに、被告生野税務署長のなした前記再調査決定における所得金額の決定は、右第一期の損金を通算せず、第二期の利益のみを計上した上に、退職給与引当金の繰入限度超過額として金二三、一八〇円と貸倒準備金の積立超過額として金八、五八二円との合計金三一、七六二円を、単に原告がその解釈と記載とに錯誤が存したのみで慮偽の申告事実ではないのにも拘らず、不法、不当にもこれを右第二期の利益計算に加算し、右年度の利益を合計金三六四、七〇〇円としたものであつて、青色申告書提出承認申請書の提出期限におくれたとしてもなお右第一期よりの繰越損金の損金不算入の点が違法であるというのは、元来青色申告制度そのものの本旨は、納税者をして法の要求する適正、妥当な記帳計算をなさしめ、以て申告納税制度の実をあげるにあるから、青色申告書提出承認申請が、法の要求する期限に提出されることが青色申告法人たる資格の要件ではなくて、該法人の帳簿組織、記帳の適正、計算の妥当、原始諸証憑の整理等、法人経理内容の信憑性こそ、第一の必須条件というべきであるから、原告は少くとも右第二期即ち本件事業年度の益金計算において、当然に青色申告法人たるべきもので、これを否定することは違法である。さればこそ、原告の提出した前記青色申告書提出承認申請が期限よりおくれていたのにもかかわらず、これを受理した、被告生野税務署長は、原告を事業開始以来の青色申告法人として取扱つていたものであるが、同被告は昭和二九年一一月二八日に至り、原告に対して青色申告書提出承認を本件事業年度の前年度につきこれを取消し、つづいて同年一二月二九日前記の所得金額の更正決定をなすに至つたものである。そして以上の違法は、国民が法の下に平等であるべき要請に背き、特定の納税者を有利に取扱うことにおいて憲法にも違反するから、ここに被告等に対し、それぞれ前記決定の取消を求めるため本訴に及ぶ、と述べた。
(立証省略)
被告等指定代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、答弁として、
原告主張の事実中、原告が被告生野税務署長に対し、本件事業年度の法人税についてその主張の如き所得金額確定申告(但し、申告日は昭和二八年一二月五日)をなしたこと、及び同被告が原告主張の如き所得金額更正決定(但し決定日は昭和二九年一二月二八日)をなしたこと、並びに原告が右の更正決定に対し再調査請求(但し請求日は昭和三〇年一月一二日)をしたこと、同被告がこれに対し原告主張の如き一部取消の再調査決定(但し決定日は同年一月三一日)をしたこと、更に原告が右の再調査決定に対し被告大阪国税局長に審査請求(但し請求日は同年二月一七日)をしたこと、同被告が原告主張の如き審査棄却の決定(但し決定日は同年八月二三日)をなしたこと、原告がその主張の日に青色申告書提出承認申請書を被告生野税務署長に提出したこと、原告が前期確定申告において、その主張の如き額の本件事業年度(第二期)の益金額、前年度(第一期)の損金額を申告(通算)したこと、被告生野税務署長が、原告主張の如き額の貸倒準備金を積立超過額として、退職給与引当金を繰入限度超過額としてそれぞれ益金に加算したこと、同被告が原告主張の如き青色申告承認取消をしたことは、いずれもこれを認めるが、その余の事実は争う。原告がその主張する本件事業年度(第二期)において、その主張するが如き前年度(第一期)よりの繰越損金の損金算入の取扱をうけるためには、少くとも青色申告書を提出しようとする当該事業年度(第二期)において青色申告法人として取扱われる要件を備えていることが必要であつて、そのためにはおそくとも右事業年度(第二期)開始の前日(昭和二八年三月三一日)までに原告において所定の申請書を提出しなければならない(法人税法第二五条第三項)ものであるところ、原告は右手続を履践せず、期限後である昭和二八年九月三〇日(第二期末)に至り、被告生野税務署長に右の申請書を提出し、同被告がこれを承認したのは、昭和三〇年一月二九日であるから、原告が、青色申告法人となつたのは提出年度たる第二期の次年度、即ち昭和二八年一〇月一日に始まる事業年度(第三期)以降であつて、本件事業年度は、青色申告法人として取扱うことはできない。右のような法定の手続を履まずして、当然に青色申告法人たることを主張するのは、法人登記をせずして法人格を主張するに等しく、到底是認できない。
被告生野税務署長が、原告主張の如く、青色申告承認取消の決定をなしたことは取消の対象となるべき、青色申告の承認が不存在であつたのにもかゝわらず、それが存在するものと誤認して取消をなしたものであつて、法律上何らの効果を伴わないものであるから、右取消以前に於て、同被告が原告を青色申告法人として取扱つたことにはならないし、ほかにこのような取扱をした事実はない。従つて、本件事業年度の所得額算定において、原告主張の如き前年度からの繰越損金を損金に算入しなかつたのは当然であつて、何等原告のいうような違法の点はない。又前記の貸倒準備金の積立超過額の益金算入は法人税法施行規則第一四条、第一四条の三により、退職給与引当金繰入限度超過額の益金算入は同施行規則第一五条の九、第一四条の三により、それぞれ法規に準拠して行つたものであつて、たとえ原告がその主張の如く、錯誤によつて申告したものであるとしても、その誤算を法定の通りに修正することは固より適法であつて、何等の違法はない。よつて本訴に応じ難い、と述べた。
(立証省略)
理由
原告主張の事実中原告が被告生野税務署長に対し、本件事業年度の法人税について課税標準たる所得金額は損失金四八、三〇五円である旨の確定申告をなしたこと、右被告が原告の右の確定申告に対し、所得金額を利益金九一七、九〇〇円とする更正決定をしたこと、原告が右更正決定に対し再調査請求をしたこと、同被告はこれに対し、さきの更正決定を一部取消し、所得金額を利益金三六四、七〇〇円に変更する旨の決定をしたこと、原告が右再調査決定に対し、被告大阪国税局長に対し審査請求をしたこと、同被告がこれに対し、審査請求棄却の決定をなしたことは、当事者間に争いがない。
原告は右被告生野税務署長の所得金額変更(第一部取消)決定の違法の点として、本件事業年度における前年度の繰越損金の損金不算入の点と、貸倒準備金及び退職給与引当金の各一部の益金算入の点を挙げるので、先づ原告が、その主張の様に、法人税法第九条第五項に則つて、本件事業年度の法人所得の算出にあたり繰越損金の損金算入をなし得べきものであるか否かについて考えて見よう。法人税法第九条第五項によれば、法人が一事業年度の所得計算上、繰越損金を損金に算入し得るのは、同法人が、右事業年度において、同法第二五条第三項により青色申告書を提出すること(いわゆる青色申告法人となること)が承認されており、且つ、右法人が、欠損金の生じた事業年度(所得を算出すべき事業年度の開始の日前五年以内に開始したことを要する)から、連続してその青色申告書を提出している場合に限られているのであるから、右条項に則つて、本件事業年度の所得計算をなし得るためには、先づ同条所定の要件事実として原告が、本件事業年度において青色申告書を提出し得べき法人(いわゆる青色申告法人)であること、及び前事業年度において青色申告書を提出したことが、不可欠の前提となるべきことは云う迄もない。しかるに原告が、被告生野税務署長に対し法人税法第二五条第三項所定の青色申告書提出の承認申請書を提出したのは、昭和二八年九月三〇日(本件事業年度(第二期)期末)であること当事者間に争いがないから同条項の規定に徴すれば、原告が、同被告の承認を得て、青色申告書を提出し得るのは、その次年度(第三期)即ち昭和二八年一〇月一日に始まる事業年度以降であることが明白であつて、右申請承認の効果は、本件事業年度に及ぶものではないこと被告等主張のとおりである。即ち本件事業年度において、原告がいわゆる青色申告法人であつたというためには、その履践すべき法定の承認申請手続をいまだ実行していなかつたという理由によつて、その資格を取得できなかつたものに外ならない。原告は、いわゆる青色申告法人たるがためには、法人計理内容の信憑性を具備することが要件であつて、法定期限内に承認申請することはその要件ではないというけれども、前記法人税法第二五条第三項の規定をかゝを意味における任意規定とは到底解釈することはできない。即ち青色申告制度の如き特別の制度を利用し、税務行政上の諸種の特典を含む特種の取扱をうけるがためには、その制度を利用するがために利用者自身に対して要求される手続が定められている場合には利用者は先ず自らこれを履践することが必要であつて単に利用者自身の実質(本件原告のいわゆる法人経理の信憑性の如き)がそれに適合している(いわば実体的要件)というだけで利用の因に履むべき手順(いわば形式的、手続的要件)を自ら履践せずにその効果を享受しようとすることは通常許されないものといわねばならない(入学にせよ、入院にせよ、これを欲する者は、先ず自ら手続を履んでこれを求めなければならぬ。この例は無数にある。)即ち、このような特別の行政的施策を利用するためには、それが職権によらずして申立によつて為されるものとされている場合には、その申立をするだけの労は当事者自らがこれを負担すべく、かゝる場合、利用者に必要とされる実質的、実体的要件の定めが不平等でない限り、右の申立を必要とすることを以て、国民の平等取扱の原則に反するとはいえないし、又右の申立をなさなかつたことの理由で利用が拒否され不服が棄却されたことを以て、国民平等に反する取扱ということはできない。かような、いわば制度の利用に関する当事者主義(職権主義に対立する意味)の要請は、国民の多数が自己の意思に基いて自己の利益を守り広く均等にかかる制度目的を共用し得るがためにも、已むを得ない制約乃至負担であつて、これを以て国民平等を定めた憲法条章に反するものとすることはできない。国民が各自与えられた平等の権利(主として実体的)を守るために、訴訟という救済手段に訴えるがためには、先ず自ら適式な提訴の労を執ることの必要が一般に何等怪しまれていないことも、右と同様の理に依るものである。右の理由により、原告が青色申告法人としての取扱をうけず、従つて繰越損金の損金算入ができないことは、右法人税法に準拠した結果であつて、固より適法であるから、原告を事業開始以来の青色申告法人として取扱うべきであるとの原告の主張は、採用するに由ないものといわなければならない。
又原告は、被告生野税務署長が現に原告をその事業開始以来の青色申告法人として取扱つて来たと主張するけれども、同被告が原告主張の如き青色申告書提出申請承認を取消したという事実は、その取消の対象となるべき原処分(青色申告書提出の承認)の存在が立証されぬ以上は、取消が誤つてなされたということも当然考え得ることであるから、右取消がなされたという一事をもつて、直ちに原告がその主張の如く青色申告法人として取扱をうけていたとの事実を推認することはできないし、他に、原告がかような取扱をうけていたことを認むるに足る証拠は存在しないから、この点の原告主張も理由がない。従つて原告が本件事業年度において、青色申告書を提出し得る法人即ちいわゆる青色申告法人として、本件事業年度の法人所得算定にあたり繰越損金を損金に算入し得ることについては、法律上その他の点で何等の根拠をも認めることはできないから、右損金不算入の取扱は適法であり、これを違法とする原告の主張は理由がない。またかような取扱を維持した被告生野税務署長の本件変更決定と共に、これを支持した被告大阪国税局長の審査請求棄却決定も勿論適法であつて、法律違反ではなく、またこれらの行政処分が憲法の国民平等の原則にも反しないことは、さきに述べた通りであつて、憲法違反の主張も理由がない。
次に原告の貸倒準備金と退職給与引当金の一部の益金算入を違法とする主張について按ずるに、かような勘定項目につき各原告主張の額が超過額とされ、後に被告生野税務署長によつて益金に算入されたことは当事者間に争のない事実であるところ、右処分当時の法人税法施行規則第一四条、第一四条の三、第一五条の九によれば、右の処分はいずれも右規則に準拠するもので適法と認められ、原告は右超過金額の記載は虚偽の事実を申告したものではなくて法人税法の解釈と、記載の錯誤であるから、これを所得に加算すべきでないと主張するが、右規則により貸倒準備金勘定や或は、退職給与引当金勘定として負債項目に掲げることを容認される限度額とは同規則の定める一定の事実を基礎として算出される金額であつて、右は何人の主観によつても左右されることのない客観的な金額であるから、原告が右勘定科目金額算出に当つて、たとえ法の解釈や記載の点に錯誤をきたしたとしても、右の事由は右規則の許容する客観的限度額の確定に何の影響をも及ぼすものでなく、誤つて右の限度を超過した額といえども当然前記規則に則り益金として処理されるべきものであり原告の右主張は理由がない。又憲法違反の点も見出すことができない。
そうすると、被告生野税務署長が原告の本件事業年度の法人所得金額を再調査するに当り、その前事業年度に生じた損金の算入を排斥した上、前記負債項目上を許容された額に超過する金額合計三一、七六二円を益金として原告の申告した本件事業年度の利益に加算し、原告の所得金額を三六四、七〇〇円(百円未満切捨)と算定した再調査決定、並びに右決定に対する原告の審査請求を理由なしとして棄却した被告大阪国税局長の決定は、いずれも法律並に憲法に適合するものであるから、右処分を違法とする原告の本訴請求は、理由がないものとしてこれを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 宮川種一郎 松本保三 右田堯雄)